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横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)3068号 判決

原告

近藤弘

ほか一名

被告

坂本二三男

ほか一名

主文

被告等は、各自、原告近藤弘に対し一三六五万六四四七円、原告近藤昌夫に対し二五〇万四〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五六年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等の被告等に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用のうち、原告近藤弘と被告等との間に生じた分はこれを七分し、その六を右原告の負担、その余を被告等の負担とし、原告近藤昌夫と被告等との間に生じた分はこれを三分し、その二を右原告の負担、その余を被告等の負担とする。

この判決は、原告等勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告等は、各自、原告近藤弘に対し九六六〇万二六七五円、原告近藤昌夫に対し八六五万四一一八円及び右各金員に対する昭和五六年四月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

仮執行宣言の申立て

二  請求の趣旨に対する答弁

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

発生日時 昭和五六年四月三〇日午後九時三〇分頃

発生場所 岩手県水沢市字樋渡八六番地東北縦貫自動車道下り線

加害車両 普通乗用自動車(岩五六ち四四五九号)運転者被告坂本二三男(以下「被告坂本」という。)

被害車両 普通乗用自動車(相模五六せ四一〇号)運転者

原告近藤弘(以下「原告弘」という。)

同乗者 原告近藤昌夫(以下「原告昌夫」という。)

事故態様 前記日時、場所において、被告坂本が加害車両を運転し、走行車線を走行中の大型貨物自動車を追い越そうとして時速一四〇キロメートルで追越車線に出たが、大型貨物自動車も追越車線に出ようとしているのを認め、右ハンドルを切つたところ、中央分離帯に接触しそうになり、慌てて左ハンドルを切つたため、左斜め前方に進行し、前記大型貨物自動車の前方の走行車線を走行中の被害車両に衝突し、被害車両は左斜めに進行して道路左側端のガードーロープ、同支柱に激突した。

2  被告等の責任

(一) 被告坂本

同被告は、加害車両を運転するにあたつて、前車の動静を確認することなく、漫然大型貨物自動車を追い越そうとし、高速で追越車線に出た過失により本件事故を発生させたから、民法第七〇九条により、本件事故により発生した損害を賠償法第七〇九条により、本件事故により発生した損害を賠償すべきであり、また、同被告は、加害車両を自己のため運行の用に供していたから、自賠法第三条によつても本件事故により発生した損害を賠償すべきである。

(二) 被告富士火災海上保険株式会社

同被告(以下「被告富士火災」という。)は、被告坂本との間で、保険金額を五〇〇〇万円とする自家用自動車保険契約を締結したものであり、原告等は、被告富士火災に対し、被告坂本に代位して、本件事故により発生した損害を請求する。

3  原告弘の受傷、治療経過及び後遺症

(一) 受傷内容

原告弘は、本件事故により左橈骨骨折、左胸部・左膝部打撲、頭部挫傷の傷害を受けた。

(二) 治療経過

(1) 昭和五六年四月三〇日から同年五月三日まで胆沢病院に入院

(2) 昭和五六年五月六日から昭和五九年七月七日まで実日数三〇七日、星外科整形外科病院に通院

(3) 昭和五八年三月二日から同年一〇月二〇日まで実日数八日、今井病院に通院

(4) 昭和五九年八月二四日から昭和六〇年五月三一日まで実日数七二日、大和德州会病院に通院

(三) 後遺症

昭和六一年四月症状固定

原告弘には、本件事故により、右第一、第二、第三指の痺れ、知覚低下、左握力低下、左手関節運動制限の後遺障害が残つた。右後遺障害は自賠法施行令第二条後遺障害別等級表第一〇級の障害に該当する。

4  原告昌夫の受傷、治療経過及び後遺症

(一) 受傷内容

原告昌夫は、本件事故により頭部挫傷の傷害を受けた。

(二) 治療経過

(1) 昭和五六年四月三〇日から同年五月三日まで胆沢病院に入院

(2) 昭和五六年五月六日から同年六月一三日まで実日数四日、星外科整形外科病院に通院

(三) 後遺症

原告昌夫には、本件事故により、頭部に傷痕が残り、性格に変化を来し、脳波異常があつて、てんかんの恐怖に怯えている。右後遺障害は自賠法施行令第二条後遺障害別等級表第九級以上の障害に該当する。

5  原告弘の受けた損害

(一) 物損 四四四万九七四〇円

(1) 車両損害 三八五万六六〇〇円

ア 車両の再購入価格 二九六万円

被害車両はフオルクスワーゲン特別仕様車で、右車両は本件事故により仕様不能になつた。

イ レツカー車使用代金 八万一六〇〇円

ウ ボデイーカバー修理代金 一万五〇〇〇円

エ 恒温装置及び盗難予防装置 八〇万円

(2) カメラ関係 四六万四八四〇円

ア ライカのボデイー二個、レンズ四本の修理代金 九万五〇〇〇円

イ ハツセルブラツドのボデイー二個 レンズ四本の修理代金 九万七〇〇〇円

ウ ニコンFTN修理代金 三万六八〇〇円

エ 三脚再購入代金 一五万五〇〇〇円

オ ミノルタオートメーター2型(露出計)再購入代金 三万一〇〇〇円

セコニツク(露出計)修理代金 三〇〇〇円

カ フイルム 四万七〇四〇円

(3) その他 一二万八三〇〇円

ア テープレコーダー二台再購入代金 七万四六〇〇円

イ 魔法瓶七本再購入代金 二万一〇〇〇円

ウ 土産品 三万二七〇〇円

(二) 治療費 一五一万九二七五円

(1) 薬品 二八万七三〇五円

(2) 星外科整形外科病院 一〇六万六九〇〇円

(3) 今井病院 六万四〇〇〇円

(4) 大和德州会病院 一〇万一〇七〇円

(三) 入院雑費 四〇〇〇円

四日間入院 一日あたり一〇〇〇円

(四) 交通費 四一万七六八〇円

(1) タクシー代金 三万〇六八〇円

(2) 電車賃 三八万七〇〇〇円

星外科整形外科病院三〇七回、今井病院八回、大和德州会病院七二回、一回あたり一〇〇〇円

(5) 休業損害 五一三七万四九二六円

原告弘は、大正一三年四月生(事故当時五七歳)、農学博士であり食物と民族の会副会長、食戦略研究主任研究員という肩書きでテレビ、新聞、講演等多方面にわたつて活躍しており、その著書も多数ある。

原告弘の本件事故前一年間の収入は一一〇五万九三〇一円であつた。

しかるに、本件事故により執筆活動等に障害を生じ、昭和五六年度の収入は二〇六万七五三六円(八九九万一七六五円の減収)、昭和五七年度の収入は二四五万七〇九九円(八六〇万二二〇二円の減収)、昭和五八年度の収入は六〇六万八三三一円(四九九万〇九七〇円の減収)、昭和五九年度の収入は三八三万五六五四円(七二二万三六四七円の減収)、昭和六〇年度の収入は三九一万二五九七円(七一四万六七〇四円の減収)、昭和六一年度の収入は、六五九万九六六三円(四四五万九六三八円の減収)で、昭和五六年から昭和六一年の減収は合計四一四一万四九二六円であつた。

また、原告弘は、昭和五六年から昭和五七年にかけて、柴田書店から「旧家に伝わる日本の味」を、中公新書から「料理進化論」、「料理地理学」を、岩崎書店から「さけ物語」を、現代評論社から「食の社会学」を、柴田書店から「老舗に伝わる日本の味」、「栄養スペクタクル」を、岩崎書店から「OI物語」、「メルクリン物語」、「鰹節物語」を出版する予定であつたが、本件事故により出版できず、九九六万円の損害を受けた。

(六) 逸失利益 二七五五万四九九三円

原告弘が本件事故により受けた後遺障害は自賠法施行令第二条後遺障害別等級表第一〇級の障害に該当し、原告は労働能力の二七パーセントを失つた。

原告弘の本件事故前の年収は、一一〇五万九三〇一円であつたところ、原告弘は、症状が固定した昭和六一年四月から少なくとも一〇年間右収入の二七パーセントを失つたから、ライプニツツ方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は、次のとおり二七五五万四九九三円になる。

1105万9301円×0.27×7.721=2755万4993円

(七) 慰謝料 七〇〇万円

本件事故は、原告弘に全く過失のない事故である。原告弘は、本件事故により前記の傷害を受け、その治療のため入・通院し、更に前記の後遺障害が残つたもので、原告弘が受けた精神的苦痛を慰謝するには、傷害分につき二五〇万円、後遺症分につき四五〇万円の支払をもつてするのが相当である。

(八) 弁護士費用

原告弘は、被告等が原告弘の損害賠償請求に応じなかつたため、本訴の提起・追行を原告等訴訟代理人に委任し、その費用として、請求金額の一割相当額を下らない八七八万二〇六一円の支払を約した。

6  原告昌夫の受けた損害

(一) 入院雑費 四〇〇〇円

四日間入院 一日あたり一〇〇〇円

(二) 治療費 五万四三八〇円

(三) 交通費 九〇〇〇円

(四) 慰謝料 八八〇万円

本件事故は、原告昌夫に全く過失のない事故である。原告昌夫は、本件事故により前記の傷害を受け、その治療のため入・通院し、更に前記の後遺障害がのこつたもので、原告昌夫が受けた精神的苦痛を慰謝するには傷害分につき二五〇万円、後遺症のうち頭部外傷につき九〇万円、脳波異常分につき五四〇万円の支払をもつてするのが相当である。

(五) 弁護士費用

原告昌夫は、被告等が原告昌夫の損害賠償請求に応じなかつたため、本訴の提起・追行を原告等訴訟代理人に委任し、その費用として、請求金額の一割相当額を下らない七八万六七三八円の支払を約した。

7  結論

よつて、原告等は、被告等に対し、各自、原告近藤弘に対し九六六〇万二六七五円、原告近藤昌夫に対し八六五万四一一八円及び右各金員に対する本件事故発生の日の昭和五六年四月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  1項の事実のうち、事故態様を除くその余の事実は認め、事故態様は争う。

本件事故は、被告坂本が加害車両を運転して追越車線を走行中、左側走行車線を走行中の大型貨物自動車が、急に追越車線の加害車両の前方に出ようとしたため、被告坂本は衝突の危険を感じ、咄嗟にハンドルを右に切つたが、加害車両が中央分離帯のグリーンベルトに接触しそうになり、ハンドルを左に切つたところ、大型貨物自動車の前を走行していた被害車両に追突したものである。

2(一)  2項(一)の事実のうち、被告坂本が無理な追越しをしたことは否認し、その余は知らない。主張は争う。

(二)  2項(二)の事実のうち、被告富士火災が、被告坂本との間で、保険金額を五〇〇〇万円とする自家用自動車保険契約を締結したことは認め、主張は争う。

3(一)  3項(一)の事実は認める。

(二)  3項(二)の(1)ないし(3)の事実は認めるが、因果関係は争う。(4)の事実は知らない。

原告弘は、本件事故発生後長期にわたつて療養を続けたが、その主たる症状は、頸椎に起因する左手握力の減弱、左手功緻運動の拙劣化、右上肢の痺れ感であつて、その頸椎の異常は年齢的変化による高度の退行変性性変化によるものであり、本件事故とは因果関係がない。

(三)  3項(三)の事実は否認する。

原告弘は、本件事故により左橈骨骨折の傷害を受け、これにより前腕の変形と手関節掌側屈制限のみが多少正常以下になつたが、右症状は昭和五七年四月末日には固定し、その程度も自賠法施行令第二条後遺障害別等級表第一二級である。

4(一)  4項(一)の事実は認める。

(二)  4項(二)の事実は認める。

(三)  4項(三)の事実のうち原告昌夫に脳波の異常があることは否認し、その余は知らない。

5  5項の事実は知らない。

6  6項の事実は知らない。

第三証拠

証拠の関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因1項(事故の発生)の事実のうち、事故態様を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二一号証の一ないし六によると、本件事故は、前記争いのない日時、場所において、被告坂本が加害車両を運転し、追越車線を時速一四〇キロメートルで走行し、走行車線を走行中の大型貨物自動車を追い抜こうとしたところ、大型貨物自動車が追越車線に出ようとしているのを認め、右ハンドルを切つたところ、中央分離帯に接触しそうになり、慌てて左ハンドルを切つたため、左斜め前方に進行し、前記大型貨物自動車の前方の走行車線を走行中の被害車両に衝突し、被害車両は左斜めに進行し、道路左側端のガードーロープ、同支柱に激突したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被告等の責任

1  被告坂本

前記認定事実によると、同被告は、加害車両を運転するにあたつて、前車の動静を確認することなく、漫然大型貨物自動車を追い抜こうとし、かつハンドル操作を誤つた過失により本件事故を発生させたから、民法第七〇九条により、本件事故によつて発生した損害を賠償すべきである。

また、前掲甲第二一号証の六によると、同被告は、加害車両を所有し、本件事故当時、右車両を自己のため運行の用に供していたことが認められるから、自賠法第三条により本件事故によつて発生した損害を賠償すべきである。

2  被告富士火災

同被告が、被告坂本との間で、保険金額を五〇〇〇万円とする自家用自動車保険契約を締結したことは当事者間に争いがない。

右事実によると、同被告は、被告坂本に代位する原告等に対し、本件事故により発生した損害を右保険金の限度で賠償すべきである。

三  原告弘の受傷、治療経過及び後遺症

1  受傷内容

原告弘が、本件事故により左橈骨骨折、左胸部・左膝部打撲、頭部挫傷の傷害を受けたこと、昭和五六年四月三〇日から同年五月三日まで胆沢病院に入院し、同年五月六日から昭和五九年七月七日まで星外科整形外科病院に通院し、昭和五八年三月二九日から昭和五九年四月六日まで今井病院に通院したことは当事者間に争いがない。

2  治療経過

原告弘本人尋問の結果(第一、二回)、同尋問結果により真正に成立したものと認める甲第二〇号証、第二二ないし第二五号証、第八四号証、第八五号証の一ないし一〇、乙第五号証(甲第八四号証、第八五号証の一ないし一〇の原本の存在は当事者間に争いがない。)によるとつぎの事実を認めることができる。

(一)  昭和五六年四月三〇日から同年五月三日まで胆沢病院に入院

胆沢病院では、被告弘の症状を、左橈骨骨折、左胸部・左膝部打撲、頭部挫傷、約六週間の治療を要するものと診断し、前額部二針縫合手術、左手関節のギブス固定をし、鎮痛剤、消炎剤を投与した。

(二)  昭和五六年五月六日から昭和五九年七月七日まで実日数三〇七日、星外科整形外科病院に通院

同病院で、原告弘は、昭和五六年六月八日右肩部の激痛、頸部硬直を訴え、同年八月六日右前腕部から頸部にかけての痺れ感を訴え、同年一一月二八日左肩部、頭部の痛みを訴え、同年一二月一二日左肩部の激痛を訴え、昭和五七年五月二八日頭痛、上肢痛を訴え、同年六月二五日右手の痺れ感を訴え、同年一〇月二三日右手の痺れ感を訴え、同年一〇月三〇日頸部、肩部の激痛を訴え、昭和五八年三月一〇日右肘関節から前腕部にかけての痺れ感を訴え、同年四月四日右上肢を動かすと脱力感があることを訴え、同年四月二六日頭痛を訴え、同年七月二八日左前腕部に硬直様感、左手背部に激痛を訴え、同年八月五日頸部から背部に凝りがひどいこと、右母指、示指に痺れ感があり眠れないこと、それまでの経過として、昭和五六年夏から痺れ感、右手関節の痛みで力が入らないこと、昭和五七年一〇月から少し執筆を続けると右手関節に硬直様の症状が出ることを訴えた。

同病院では、原告弘の症状を、左橈骨骨折、左胸部・左膝部打撲、頭部挫傷と診断し、昭和五六年五月六日から同年六月一三日まで左前腕部のギブスシヤーレを施術し、同年六月一四日からマツサージ、温熱、超短波による治療を、同年七月一八日から左肩マツサージ、左橈骨骨折マツサージ、左右肩超短波、頸椎牽引による治療をし、また、ビタミン剤、鎮痛剤、循環器系薬剤を投与した。

(三)  昭和五八年三月二九日から昭和五九年四月六日まで実日数八日、今井病院に通院

同病院では、原告弘の症状を、頭部外傷、左手関節挫傷による右側膝蓋腱反射亢進、右側二頭筋及び三頭筋反射亢進、右手背部の感覚異常と診断し、内服薬を投与した。

(四)  昭和五九年八月二四日から昭和六〇年五月三一日まで実日数七二日、大和德州会病院に通院

同病院では、原告弘の症状を、頸椎症性脊髄症と診断し、介達牽引による治療をした。

(五)  原告弘の現在の症状

原告弘の臨床症状は、右手尖部(第一、第二、第三指)の痺れ感、左手握力の低下、左手関節掌屈制限であり、X線検査(昭和五六年五月一六日)の結果では、第五・第六頸椎椎間の著明な狭小化、及び同高位の後方・前方に向かう骨棘形成があり、第五・第六及び第六・第七頸椎椎間孔の狭小を伴い、項中隔に石灰化像が認められ、原告弘が、昭和五六年五月中旬以降に示し、その後重症化し、現在右手尖部(第一、第二、第三指)の痺れ感として残つている症状は、前記の椎間板変性、骨棘形成によるものであつて、右頸椎の異常は老年性のもので、本件事故前から潜行的に高度に進行していた。

また、左橈骨の速位端部に骨折痕を認め、抹消骨片が僅かに背側に転位していて、左手握力の低下、左手関節掌屈制限は右障害によるもので、右症状は、遅くとも昭和五七年四月末日には固定した。

3  原告弘の症状と本件事故との因果関係

前示の事実によると、原告弘の左橈骨骨折に起因する左手握力の低下、左手関節掌屈制限と本件事故との間に因果関係が存することは明らかである。

原告弘は、原告弘が、昭和五六年五月中旬以降に示し、その後重症化し、現在右手尖部(第一、第二、第三指)の痺れ感として残つている症状は、本件事故に起因するものと主張し、前掲甲第二、第二三、第二五、第八四号証、第八五号証の一ないし一〇には右事実を窺わせる記載がある。

しかし、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第二六、第二七号証、第一一二号証の一、証人今井望の証言、東海大学病院に対する鑑定嘱託の結果によると、原告弘が、昭和五六年五月中旬以降に示し、その後重症化し、現在右手尖部(第一、第二、第三指)の痺れ感として残つている症状の原因は、椎間板変性、骨棘形成によるもので(脊髄神経、神経根を取り囲む背椎間腔、神経根間腔が狭窄され、神経に影響を与えている。)、右頸椎の異常は老年性のものであつて、本件事故前から潜行的に高度に進行していたこと、追突事故により頸椎に二次的障害が加わり、頸髄損傷を惹起することも考えられるが、受傷と障害の発生までに時間があること、背柱に不安定性が殆ど無いこと、臨床上脊髄症状がないことからするとその可能性は少なく、事故の衝撃が頸椎に与えた衝撃は殆ど無かつたものと言え、前記各症状と本件事故との因果関係を認めることはにわかにできず、他に原告弘の主張を認めるに足りる証拠はない。

4  後遺症

前記に認定の事実によると、原告弘の左橈骨骨折に起因する左手握力の低下、左手関節掌屈制限の程度は、自賠法施行令第二条後遺障害別等級表第一二級第六号の障害に該当するものと認められる。

四  原告昌夫の受傷、治療経過及び後遺症

1  受傷内容と治療経過

原告昌夫が、本件事故により頭部挫傷の傷害を受けたこと、昭和五六年四月三〇日から同年五月三日まで胆沢病院に入院し、昭和五六年五月六日から同年六月一三日まで実日数四日、星外科整形外科病院に通院し、治療を受けたことは当事者間に争いがない。

2  後遺症

成立に争いのない甲第一六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一九号証によると、原告昌夫は、本件事故により前頭部に大きな縫合瘢痕が残つたことが認められる。

原告昌夫は、本件事故の後遺症として、脳波異常があつて、同原告は、てんかんの恐怖に怯えている旨主張し、前掲甲第一九号証、成立に争いのない甲第一〇二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第八〇、第八一号証によると、今井病院は、昭和五八年一〇月二〇日、原告昌夫には脳波検査の結果に異常がある旨診断し、更に、昭和六〇年四月三日脳波検査をし、その結果に基づき、原告昌夫の脳波検査上の異常所見は増強している旨診断していることが認められる。

しかし、成立に争いのない甲第九〇号証の二、乙第一一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第六号証、第七号証の二、第一二、第一三号証によると、原告昌夫は、昭和五六年八月一二日、大和市立病院で頭部CTスキヤンを受け、ほぼ正常の診断を受け、昭和五七年八月三〇日から同年九月二四日にかけ、大和市立病院で頭部CTスキヤン、脳波検査を受け、特記すべき異常認めずとの診断を受けたこと、今井病院の昭和六〇年四月三日の脳波検査の結果を解析しても、てんかん性異常波が認められないこと、以上の事実が認められ、右事実によると、前記甲第一九、第八〇、第八一、第一〇二号証の記載はにわかに措信できず、他に原告昌夫の主張を認めるに足る証拠はない。

しかるところ、原告昌夫に残つた前頭部の縫合瘢痕は、自賠法施行令第二条後遺障害別等級表第一二級第一二号の障害に該当するものと認められる。

五  原告弘の損害

1  物損

(一)  車両損害

(1) 車両の再購入価格

成立に争いのない乙第一号証、第三号証の四、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第二号証によると、被害車両は、一九七四年製造、昭和四九年一二月初年度登録のフオルクスワーゲン一三ADタイプであること、被害車両は、本件事故により大破し全損状態になつたこと、市場における右タイプの車両の昭和五六年における販売価格は、新車価格で一二八万八〇〇〇円、中古車価格(仕上)で一〇〇万円であつたことが認められる。

原告弘は、被害車両はフオルクスワーゲン特別仕様車で、右車両の再購入価格は二九六万円である旨主張し、原告弘本人尋問の結果(第一回)、同尋問結果により真正に成立したものと認める甲第一号証によると、被害車両と同程度の車両を求めるには、車両代金一三五万円、ボデー着脱各部分解費用三〇万円、ボテー内外の塗装七〇万円、ルームトリム張替費用二〇万円、シート修理費用三七万円、エンジン乗替費用四万円、合計二九六万円を要することが認められるが、右価格は新車を求める費用に相当するもので、右価格を、既に六年余使用した被害車両の価格とすることはにわかにできず、前記、新車価格と中古車価格の比率による二二九万八一三六円をもつて相当損害額と認める。

(2) レツカー車使用代金

原告弘本人尋問の結果(第一回)、同尋問結果により真正に成立したものと認める甲第二号証によると、原告弘は、被害車両を本件事故現場から横浜市まで連搬し、レツカー車使用代金として八万一六〇〇円を支出したことが認められる。

(3) ボデイーカバー修理代金

原告弘本人尋問の結果(第一回)、同尋問結果により真正に成立したものと認める甲第三号証によると、原告弘は、保険会社の損害査定を待つ間、被害車両の保存のため、ボデイーカバー修理代金として一万五〇〇〇円を支出したことが認められる。

(4) 恒温装置及び盗難予防装置

原告弘は、被害車両に恒温装置及び盗難予防装置が設置されていて、その費用は八〇万円である旨主張し、原告弘本人尋問の結果(第一回)中には右主張に沿う部分があり、同原告はその裏付けとして甲第六五号証を提出するのであるが、右各証拠のみでは、右装置が設置されていたこと、その価格が八〇万円であることを認めることができず、同原告の主張は採用できない。

(二)  カメラ関係他

原告弘本人尋問の結果(第一回)、同尋問結果により真正に成立したものと認める甲第四、第五号証、第六号証の二、第七、第八、第九号証、第一〇号証の一ないし五、第一一号証の一、二、第六三号証の一、二によると、原告弘は、食物と民族の会副会長、食戦略研究主任研究員という肩書きでテレビ、新聞、講演等多方面にわたつて活躍しており、その著書も多数であるが、本件事故当時は、取材のため、青森県黒石市のりんご試験場に向かう途中であつたこと、被害車両の中に取材に要する資材としてライカのボデイー二個、同カメラ用レンズ四本、ハツセルブラツドのボデイー二個、同カメラ用レンズ四本、ニコンFMFTN、同FMTN、ジツツオの三脚二個、ミノルタオートメーター2型、テープレコーダー二台、フイルム、土産品等を積んでいたこと、本件事故により、右資材は損傷を受けたが、ライカのボデイー二個、レンズ四本のオーバーホール代の見積が九万五〇〇〇円、ハツセルブラツドのボデイー二個、レンズ四本のオーバーホール代の見積が九万七〇〇〇円、ニコンFMFTN、同FMTNのオーバーホール代の見積が各一万八九〇〇円であつたこと、三脚が損壊したが、再購入のため一五万五〇〇〇円を要すること、ミノルタオートメーター2型(露出計)が損壊したが、再購入(但し3型)のため三万一〇〇〇円を要すること、セコニツク(露出計)が破損し、その修理のため三〇〇〇円を支出したこと、フイルムが使用不能になつたが、その購入代金は四万七〇四〇円であつたこと、テープレコーダー二台が損壊したが、再購入のため七万四六〇〇円を要すること、土産品が損壊したが、その購入代金は三万二七〇〇円であつたことがそれぞれ認められる。

しかるところ、以上のうち現実に出費した、セコニツク(露出計)の修理代金、フイルムの購入代金、土産品の購入代金についてはその全額を損害と認めることができるが、前掲各証拠によると、ライカのボデイー二個、レンズ四本、ハツセルブラツドのボデイー二個、レンズ四本、ニコンFMFTN、同FMTNは、見積の段階にとどまり、かつ、いずれもオーバーホール代であつて損傷の程度は明らかでないことからすると、各その見積額の二分の一をもつて相当損害額と認めるのが相当であり、三脚、ミノルタオートメーター2型(露出計)、テープレコーダー二台は長期に亘つて使用していたものと推認されるから、再購入価格の二分の一をもつて相当損害額と認めるのが相当である。

以上によると、原告弘が本件事故により受けたカメラ関係他の損害は三二万七九四〇円と認められる。

原告弘は、魔法瓶七本が損壊したとして、その再購入代金二万一〇〇〇円を請求するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  治療費

(一)  薬品代

原告弘は、薬品代として二八万七三〇五円を支出した旨主張し、原告弘本人尋問の結果(第一回)、同尋問間結果により真正に成立したものと認める甲第一四号証の二ないし二二によると、同原告は、昭和五六年五月六日、今木薬局で薬品を購入し一四九〇円を支払い、同年六月六日、高木薬品で包帯、テープを購入し四二〇円を支払い、同年五月一〇日から昭和五七年八月一一日まで合計一九回龍生堂薬局で鎮痛消炎剤を購入し合計二八万五三九五円を支払つたことが認められる。

しかし、前示のとおり、頸椎の異常による障害は本件事故と因果関係が認められないものであり、龍生堂薬局に支払の薬品代は、右の治療のため購入されたものと推認できるから、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできず、原告弘が受けた薬品関係の損害は、その余の合計一九一〇円に限り、これを認めることができる。

(二)  星外科整形外科病院治療費

原告弘は、星外科整形外科病院の治療費として一〇六万六九〇〇円、今井病院の治療費として六万四〇〇〇円、大和德州会病院の治療費として一〇万一〇七〇円を要した旨主張し、原告弘本人尋問の結果(第一回)、同尋問結果により真正に成立したものと認める甲第六八、第八二号証、第八五号証の一ないし一〇によると、星外科整形外科病院の昭和五八年八月一四日から昭和五九年九月四日までの治療費が一〇六万六九〇〇円であること、今井病院の昭和五八年三月二九日から昭和五九年四月六日までの治療費が六万四〇〇〇円であること、大和德州会病院の昭和五九年八月二四日から昭和六〇年五月三一日までの治療費が一〇万一〇七〇円であることが認められるが、前示のとおり、頸椎の異常による障害は本件事故と因果関係が認められないものであり、前示の治療経過からすると、右各治療は右障害の治療のためなされたものと認められるから、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

3  入院雑費

前示のとおり、原告弘は、胆沢病院に四日間入院したが、経験則によると、その間入院諸雑費として一日あたり少なくとも一〇〇〇円を要したものと推認することができるので、四〇〇〇円をもつて相当損害額と認める。

4  交通費

原告弘は、タクシー代として三万〇六八〇円、電車賃として三八万七〇〇〇円(星外科整形外科病院三〇七回、今井病院八回、大和德州会病院七二回、一回一〇〇〇円)を支出した旨主張し、原告弘本人尋問の結果(第一回)、同尋問結果により真正に成立したものと認める甲第一五号証の一ないし一一によると、原告弘は、タクシー代として、昭和五六年五月六日四五〇円、同年五月九日六六〇円、同年五月一五日八七〇円、同年五月四日一万〇六六〇円、同年五月二三日八〇〇円、同年五月二三日五三三〇円、同年五月二三日三六〇〇円、同年五月二五日五九〇円、同年五月二六日六六〇円、同年六月八日六六〇円、同年六月一日八〇〇円、合計二万五〇八〇円を支出したことが認められ、原告弘が本件事故により被害車両を失つたこと、右支出が事故直後で、原告弘の身体状況も考えると、右支出は本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

原告弘は、電車賃を請求し、星外科整形外科病院通院分のうち昭和五七年四月末日までの分については、本件事故と相当因果関係のある交通費があることが推認されるが、その通院回数、一回あたりの電車賃の金額を認める証拠がなく、原告弘のこの点の主張は採用できない。

5  休業損害

原告弘は、休業損害として、昭和五六年から昭和六一年までの減収四一四一万四九二六円、本件事故により出版できなかつたことによる損害九九六万円の合計一三七万四九二六を請求し、原告弘が、食物と民族の会副会長、食戦略研究主任研究員という肩書きでテレビ、新聞、講演等多方面にわたつて活躍していること、本件事故により、左橈骨骨折等の傷害を受け、その治療に少なくとも昭和五七年四月末日まで要し、なお左手握力の低下、左手関節掌屈制限の障害が残つたことは前示のとおりであり、入通院中はもとより、原告弘本人尋問の結果(第一、二回)によると、左手が不自由であつたため、取材活動等に支障を来し(原告弘は左利きであるが、書字には右手を使用する。)、収入減を来したことが認められる。

しかるところ、成立に争いのない甲第一二号証、原告弘本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認める甲第九三、第九四号証によると、原告弘の昭和五五年度の収入は五四六万九三〇一円、昭和五六年度の収入は二〇六万七五三六円、昭和五七年度の収入は二四五万七〇九九円であることが認められ、右事実によると、昭和五五年度の月収は四五万五七七五円であり、昭和五六年度の年収から事故発生の四月までの収入一八二万三一〇〇円(四五万五七七五円の四か月分)を控除すると、本件事故後の月収は二万四四四三円になり、一月あたり四三万一三三二円の減収があつたことが推認される。

そうであるとすると、原告弘の昭和五六年五月一日から症状が固定した昭和五七年四月末日までの減収は五一七万五九八四円と認められるが、経験則によると、原告弘が従事するような著述業にあつては、その経費は所得の四〇パーセントとみるのが相当であるから、原告弘の休業損害は三一〇万五五九〇円と認められる。

原告弘は、他に多額の不申告所得、昭和五六年中に出版予定の著作があつた旨主張し、原告弘本人尋問の結果(第一、二回)中には右主張に沿う部分があるのであるが、前掲の甲第一二、第九三、第九四号証と対比すると右主張はにわかに採用できない。

6  逸失利益

原告弘が、本件事故により、左橈骨骨折等の傷害を受け、左手握力の低下、左手関節掌屈制限の後遺症が残つたこと、右症状は昭和五七年四月末日固定したこと、原告弘が本件事故により受けた後遺障害は自賠法施行令第二条後遺障害別等級表第一二級六号の障害に相当することは前示のとおりであり、右事実に、原告弘の職業その他本件事故にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告弘は症状固定後、一〇年間にわたつて労働能力の一四パーセントを失つたものと認められる。

しかるところ、前示のとおり、原告弘の本件事故前の年収は五四六万九三〇一円であり、経費を控除した所得は三二八万一五八〇円と認められるから、原告弘は、症状が固定した昭和五七年四月から少なくとも一〇年間右収入の一四パーセントを失つたもので、ライプニツツ方式による年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は、次のとおり三五四万七一九一円になる。

328万1580円×0.14×7.721=354万7191円

7  慰謝料

前示のとおり、原告弘は本件事故により傷害を受け、その治療のため四日間の入院治療、その後約一年間の通院治療を要し、更に後遺障害が残つたもので、右事実に本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告弘が受けた精神的苦痛を慰謝するには傷害分につき一〇〇万円、後遺症分につき二〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。

8  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告弘が本訴の提起・追行を原告等訴訟代理人に委任し、相当額の費用を負担したものと認められるところ、本件事案の内容、認容額等諸般の事情を考慮すると、弁護士費用は一二五万円をもつて相当額と認める。

六  原告昌夫の受けた損害

1  入院雑費

前示のとおり、原告昌夫は、胆沢病院に四間入院したが、経験則によると、その間入院諸雑費として一日あたり少なくとも一〇〇〇円を要したものと推認することができるので、四〇〇〇円をもつて相当損害額と認める。

2  治療費

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第八二号証、原告弘本人審問の結果(第二回)によると、原告昌夫は、今井病院の治療費として五万四三八〇円を要したことが認められるが、右各証拠によると、今井病院の治療は、原告昌夫の脳波異常の治療に係わるものと認められるところ、前示のとおり原告昌夫には脳波異常は認められないので、右治療費を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

3  交通費

原告昌夫は、交通費として九〇〇〇円を請求するのであるが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

4  慰謝料

前示のとおり、原告昌夫は本件事故により傷害を受け、その治療のため四日間の入院治療、その後約一月間の通院治療を要し、更に後遺障害が残つたもので、右事実に本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告昌夫が受けた精神的苦痛を慰謝するには傷害分につき五〇万円、後遺症分につき二〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告昌夫が本訴の提起・追行を原告等訴訟代理人に委任し、相当額の費用を負担したものと認められるところ、本件事案の内容、認容額等諸般の事情を考慮すると、弁護士費用は二五万円をもつて相当額と認める。

七  結論

以上によると、原告等の本訴請求は、原告弘において、被告等に対し、各自一三六五万六四四七円、原告昌夫において、被告等に対し、各自二五〇万四〇〇〇円及び右各金員に対する本件事故発生の日の昭和五六年四月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下重康)

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